〈パタゴニア プロビジョンズ〉インタビュー - 後編

〈パタゴニア プロビジョンズ〉インタビュー - 後編

 

2022年に世界で初めてリジェネラティブ・オーガニック認証を取得したコーヒーがニカラグアで誕生しました。SACACLI(サカクリ)という団体によって生産されたこのコーヒーを、Overview Coffeeでは2024年1月にリリースし、一般のお客様や卸売のパートナーの皆さまにお届けすることができました。

過去の記事 - リジェネラティブ・オーガニック認証を取得したコーヒー〈SACACLI〉


今回の記事では、リジェネラティブ・オーガニック(以下RO)認証の監督機関であるリジェネラティブ・オーガニック・アライアンスの設立に深く関わった企業〈パタゴニア〉の食品部門である〈パタゴニア プロビジョンズ〉にインタビューをした内容をお届けします。

後編では、パタゴニア プロビジョンズの日本での展開や、事業の中で環境負荷を低減するための事例について、日本市場で責任者を務める近藤勝宏氏と、木村純平氏にお話を伺いました。

前編の記事 - 〈パタゴニア プロビジョンズ〉インタビュー - 前編

 

Photo : Overview Coffee 

日本での展開と実践のヒント

- OVC パタゴニア プロビジョンズの日本での活動についてお聞かせください。

- 近藤 福島県の〈仁井田本家〉さんと、千葉県の〈寺田本家〉さんと一緒に、パタゴニア プロビジョンズとして日本酒をリリースしました。今、木村が話した通り日本でROを進めていく上で、認証制度をそのまま持ってくることはできないので、寺田本家さんは実際のプロセスを通じて起こる、様々な課題やチャレンジに関して理解を深めて、それを乗り越えていこう、そして認証取得を目指そうと動いています。その過程でできた原材料を使ってプロビジョンズの製品を作って販売をしていきたいと考えています。

将来的には、当然RO認証が日本の農家さんで取得ができて、その認定されたものを販売したいと思ってます。今、我々はゴールに向けた過程の中にいて農家さんたちの生産物を使って商品を作っています。その一番最初が日本酒です。仁井田本家さんは自分たちの農地でROの農地管理方法をトライして、そこで出来たお米を使って自分たちのお酒を醸す、と。

実践している農家さんが実際にROのプラクティスにチャレンジし、我々のパートナー農家さんとして取り組みをご一緒させていただいています。

 

- OVC どういう経緯で、仁井田本家さんや寺田本家さんとの取り組みがはじまったのでしょうか?
- 近藤 出会いとしては、元々パタゴニア プロビジョンズが日本で始まったのが2016年で、気候変動の解決策としての「食の提案」を、アメリカのパタゴニア プロビジョンズの製品ガイドラインに沿ったもので作られたものを輸入をして日本の中で紹介をしてきました。食というのは究極のローカリズムですので、我々としては日本で単なるディストリビューターとしてではなく、支社としてビジネスをやっている以上は日本で直接的なインパクトを出していきたい、貢献をしていきたいと考えてきました。リジェネラティブ・オーガニックを日本でも広げていきたいと考えています。
そんな中、アメリカのプロビジョンズが「ナチュラルファーメンテーション・コレクション」をやろうと考えていました。例えば、ナチュラルワインを醸造するだけではなく、実際にその原材料となるブドウやフルーツを 自分たちで育てて、かつ自分たちで添加物なく醸造しているような人たちのものを扱う企画です。
なぜなら、彼らはその原材料を育て、醸造する過程で、その土地の気候や植生を一番理解して、良いものを作ろうと貢献しているから、 彼らの作ったものを通してそのストーリーを展開していこうという話になりました。

日本でナチュラルファーメンテーションと言えば日本酒がありますよね。寺田本家さんが酒作りを通して目指しているビジョンは、パタゴニアが目指すものとすごく合致しているところがありました。プロビジョンズが始まる前からスタッフ間の行き来もあり、アメリカ本社からも日本支社からも意見が合致して、初めにスタートしたのが寺田本家さんとの「ナチュラルファーメンテーション・コレクション」での取り組みでした。そして、自分たちの農業自体をすでにオーガニック認証を取得している仁井田本家が加わって取り組みを進めています。

どのような管理体制でより良い土壌を育てるかというところに関心の高まりがあって、去年木村を中心に初めてのリジェネラティブ・オーガニック・カンファレンスを東京でやりましたが、1000人を超えるオンラインの参加登録がありました。こういった、ムーブメントは確実に広がってきていると思います。

RO認証を取得するための監査団体が日本国内に今はまだないのが現状ですが、将来的に日本の農家さんが認証を取得したい時に、日本国内で監査ができて、日本の中でRO認証取得に向けた一連のプロセスが完結できるようなプラットフォームをしっかりと整えると、さらにこのムーブメントに参加してくれる農家さんの数が増えていくんじゃないかと思っています。

 

- OVC お話を伺っていると、認証制度のローカライズが鍵になるように感じますが、逆にそこが上手くいくと日本国内にはRO認証に該当する農家さんは多いのではないかと想像をしました。

- 木村 日本の中のことを理解する際に、私たちがよく便宜的に分類するのが、「畑作と水田」で分けて議論をしています。農地面積的には大体半分半分ぐらいですが、畑においては福岡正信さんのような自然農を実践されている方もすでにたくさんいらっしゃいます。必然的にリジェネラティブ・オーガニック農法を実践されている方となります。

一方で、水田となるとそうはいかない部分があります。ローカライズという表現が正しいかどうかはありますが、やはりグローバルの認証として畑作を中心に要件定義されています。グローバルで見た時に水田の面積は10%くらいしかないので、認証の初期段階から反映されるのは難しかったところですね。

そういった中で、今私たちがタスクフォースに参加する形で、水田や稲作におけるリジェネラティブ・オーガニックとはどういうものなんだろうかという議論をする際において、稲作自体を伝統的に長く数千年やってきた人たちの着眼点を参考にしながら提案しています。

リジェネラティブ・オーガニック農法とは、昔からあった農法を現代版にアレンジしている温故知新のようなところが、やはり自然に即した農業ですし、そもそも自然に即していれば自然は自ら回復していく能力がありますから、そこを真似てやっていくっていう上では日本の中でもすでに実践をされてる方は大勢いらっしゃるという風に理解しています。 

 

Taro Terasawa(C)2024Patagonia, Inc.

- OVC 事業の中で環境負荷を低減することについてアドバイスをいただきたいのですが、コーヒーショップでは牛乳をたくさん使用します。Overview Coffeeでは、〈あすなろファーミング〉さんという生産者さんから牛乳を直接仕入れていたり、ミルクとオーツミルクを自由に選択できるようにしています。流通の問題や、コスト面など課題はありますが、同じような課題をパタゴニアさんはどのように乗り越えてきましたか?

- 近藤 すごくそこの課題はありますよね。流通コストみたいなところでは。今、パタゴニアでは今まで話してきているリジェネラティブ・オーガニックというものが、まさにハートオブブランドというか、最も重要な活動の柱として、プロビジョンズのビジネスの中、 もしくはパタゴニアの事業活動の中で最も重要な活動の柱として置いています。

ウェアの方では当然、認証の取れたコットンにどんどん転換して量を増やしていくように、食品においてもRO認証の取れたものを原材料にして製品をどんどん作っていこうと動いています。実際、RO認証の取れたものを集めて流通に乗せようとするとすごくコストがかかってきます。ただ、それでも妥協してやるというよりは、我々の場合は事業を通じて正しい方法で例を示していくところにあるので、コストがかかっても周りを巻き込みながらチャレンジしていく状態です。

マーケットが育っていかないと全体のコストはなかなか下がっていきませんが、ではそれを待つのかというと、今の地球の状態はそれを待たせてはくれないような状況です。より早く他者を巻き込んでインパクトを持っていきたいと考えると、自分たちでリスクを取ってでも実践しなければいけません。

例えば、 最初は農薬が使われた慣行栽培のコットンを使っていた時から、オーガニックコットンに切り替えた時期が今から約30年前です。当時、オーガニックコットンに変えようと決めて、それから18ヶ月で全て切り替えたんでが、当然オーガニックコットンに切り替えるその18ヶ月間の中に、原材料を作ってくれてる人だけ見つければいい訳ではなく、サプライチェーン全体を変えなくてはいけません。それぞれのセクターですごく大きなチャレンジが生まれて、その中でしっかりと説明をして、説得をして、かつ一緒にそのチャレンジを頑張ってくれるパートナーを見つけて、実際に実現させてきたことが、すごくいい事例としてパタゴニアの中にあります。その例に従って妥協することなく、 リスクを持ちながら取り入れて、他者を巻き込んでやっていこうという思いがあります。ただ、すごく大きなチャレンジであることは間違いないですね。
 
- OVC レストランの事例として、Overview Coffeeのパートナーでもある〈L’Effervescence〉が2022年からインパクトレポートを発表しています。同じ産業としてとても参考になる内容で、どこからはじめたら良いかという指針として、まずは計量し数値化する、分類するところを入り口として捉えて、我々の店舗や焙煎所でも導入をしています。近藤さんからみて、飲食産業に対してここからはじめてみるのはどうかと思う点はありますか?

- 近藤 一番の課題は自分の中にあるということだと思います。例えばCSRのように事業で出た収益を使って植林をしたり、寄付をするということではなく、まずは自分たちの行いがどういったインパクトを出してるのかを知ってその中で変えていくことがすごく重要で、最初にできるステップではないかと思います。

パタゴニア プロビジョンズをはじめて、メインのビジネスに比べるとまだまだ本当に小さいですが、そんな中でも目指してる方向性が明確で一貫性を持っていると、その文脈に沿う人たちはビジネスの種類に関わらず結構集まって仲間になっていく感覚はすごくあります。同じ意志を持った人たちがいることは、大きな励みにもなりますし、このムーブメントを 一過性で終わらせるのではなく、本当に力強いものに育てていきたいです。

 

- OVC ありがとうございます。最後に、今後の目標やアクションについてお聞かせください。

- 近藤 パタゴニア プロビジョンズは先ほどお話した通り、最も重要な大きな柱がリジェネラティブ・オーガニックです。それと、製品としてはサステナブルシーフードというものがありますが、パタゴニアが日本の中での事業を通して農業の転換、より良い農業や農地管理のあり方を、リジェネラティブ・オーガニックを通じて広げていきたいという思いです。

そこでできたものを使ってパタゴニア プロビジョンズは製品を作って、 その認知とさらにその需要の拡大に貢献をしていく。需要の拡大に貢献をしていくことによって農地を広げることにも貢献し、そのムーブメントをさらに加速させることにもつなげていきたいです。

プロビジョンズは、そういう目に見えるものというか、具体的な事業や製品を作って見せていく、そのツールであると思っているので、プロビジョンズの事業を通じて、日本国内でよりリジェネラティブ・オーガニックの農業が拡大するとともに、それを通じて、食の消費のあり方に変革をもたらすことができればという風に考えています。

プロビジョンズにおいては製品というものが必要で、日本酒があったり、今回の味噌であったり、そういったものを増やしながら、 事業としても育てていきたいです。

〈パタゴニア プロビジョンズ〉インタビュー - 前編


パタゴニア プロビジョンズ
アウトドアウェアを製造・販売するパタゴニアが手がける食のコレクション。地球を修復するための解決策を探り、責任ある方法で作られたクラフトビールや自然酒、食品を提供しています。
https://www.patagoniaprovisions.jp/