〈パタゴニア プロビジョンズ〉インタビュー - 前編

〈パタゴニア プロビジョンズ〉インタビュー - 前編

2022年に世界で初めてリジェネラティブ・オーガニック認証を取得したコーヒーがニカラグアで誕生しました。SACACLI(サカクリ)という団体によって生産されたこのコーヒーを、Overview Coffeeでは2024年1月にリリースし、一般のお客様や卸売のパートナーの皆さまにお届けすることができました。

過去の記事 - リジェネラティブ・オーガニック認証を取得したコーヒー〈SACACLI〉


今回の記事では、リジェネラティブ・オーガニック(以下RO)認証の監督機関であるリジェネラティブ・オーガニック・アライアンスの設立に深く関わった企業〈パタゴニア〉の食品部門である〈パタゴニア プロビジョンズ〉にインタビューをした内容をお届けします。

前編では、アウトドア企業であるパタゴニアが食品を作ることになった背景から、RO認証について、パタゴニア プロビジョンズの日本市場で責任者を務める近藤勝宏氏と、木村純平氏にお話を伺いました。

Photo : Overview Coffee 

 

パタゴニアがリジェネラティブ・オーガニック・アライアンスを設立した背景

- Overview Coffee(以下、OVC) パタゴニアがリジェネラティブ・オーガニックアライアンスを設立した背景をお聞かせください。

- パタゴニア 近藤氏(以下、近藤) 元々、パタゴニアはウェアのビジネスをもう50年以上やってきていますが、 会社のミッションステートメントというのが、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」ことです。とにかく今地球がギリギリの状態なので、それを回復させていくことが必要です。

こういった課題や問題が起きている中で、その問題の症状ではなくて、その原因について突き詰めて考えていて、そこに対処していくことを考えた時に、 実は「食の分野」が、地球や人類の健康を大きく害するようなやり方で生産されていることに気づきました。

大きな課題である食や農業に対して、今までパタゴニアがウエア作りで学んできたことを転換していこうと、2012年に「解決策としての食の提案」という形で、パタゴニア プロビジョンズのビジネスをスタートさせました。これは、農業というものがどれだけの規模でこの地球で行われていて、いかに地球に対して影響を与えているかということに気付いていく機会になります。 

その中で〈リジェネラティブ・オーガニック・アライアンス〉を立ち上げて認証制度を作っていきます。土壌がいかに重要で、地球にとっても人々にとってもいかに重要な自然資本であり、適切に管理していくことで、地球が健全に生きていく上でも、人類が健全に生きていく上でも大変重要なテーマです。土壌の有効性や重要性は国際的にすごく評価されてきて、農業の与える影響も知れ渡ってきた中で、どういった農地管理がより健全な土壌を育てるかということを定義していく必要性を考えました。

パタゴニアは今までも第三者認証などを使って見える化することで自分たちの良い部分も悪い部分も発信してきましたが、農業の分野においてもしっかりと第三者認証機関による監査や認定によって、定義を明確に行うことを目的に、〈ドクターブロナー〉と〈ロデール研究所〉と協力し、リジェネラティブ・オーガニック・アライアンスをスタートしました。

さらに、本当に実践している農家さんらの話の中から、リジェネラティブな農地管理とはどういったものなのかをヒアリングし、より現場からの意見を反映させた形で認証制度を固める必要があったので、アライアンスを組んでからその後2年間は実際に現場で働かれてる農家さんや、畜産業を営まれてる方などからのフィードバックを受けながら、より具体的な定義を固めていったようなプロセスを踏んでます。 

パタゴニアがROを推進する背景としては、自分たちが本当に健全な地球を取り戻していくにはもうこれしかないという風に考えています。

パタゴニア プロビジョンズ 近藤勝宏氏 (C)2024Patagonia, Inc.

 

- OVC 認証を取得するためのハードルは何でしょうか?例えば、コーヒーの生産地ではオーガニックの栽培はしてるけど認証を取得するためのコストが負担として大きいことがあります。言語的な障壁など、地域や経済規模によって様々だと想像しています。

- 近藤 それぞれの農家さんや地域、その置かれてる状況によってそのチャレンジはかなり異なってくると思いますが、アメリカのチームと話していて自分自身が感じるのは、まずROの認証を取得して生産したものは、当然他のものよりも少し価格が高くなることが多いです。 農地はどんどん広げていきたいですが、実際にその生産物を使って加工品を作って、それがすごくよくビジネス循環に乗るかというと、まだまだそこまでではないというか、チャレンジングな段階です。今は生活者の人たちに理解をしてもらう必要があります。また、日本でも生産者を増やしていく活動をしていますが、そこにはまた別の課題があります。

- パタゴニア 木村氏(以下、木村) アメリカや、日本、ヨーロッパもそうですが、いわゆるグローバルノース側は、肥料という資材を投入することができている背景がある中で、これからの管理方法に切り替えることを検討することは可能ですが、アフリカや東南アジアを支援してる人たちと話をすると、それは現地ではなかなか受け入れられないよね、という話になってきます。例えば、アフリカではそもそも土地や土壌自体が肥沃ではない地域が多いので、外部からの投入が必要になるという背景があります。

そういった中で、現在ROの認証を取得している事例としては、アメリカに輸出している生産者が取得しているケースが多いです。彼らは、USDAオーガニックやフェアトレード認証をすでに取っている企業なので、その延長としてRO認証を取得することで、ブランドとしてきちんと説明責任も果たせるという流れが生まれています。これが世界的にみた点です。

RO認証はUSDAオーガニック認証をベースとして作られているので、申請できる事業者の母数が明確に限られてくる点が非常に大きいポイントだと思います。さらにアライアンスによって公認された監査団体のみが監査をします。現地での監査は公認の団体でしか行うことができないので、そういったところにもきちんとしたプロセスで監査されている第三者認証だからこその障壁があります。

また、認証制度の仕組みとして、作物や土地利用の文化的な違いも大きいです。例えば、アメリカやヨーロッパのように、畑で牛や豚を使って三圃式農業を行ってきたり、あるいはコーヒーもそうですが、果樹であるとかワインのように、そもそも耕す必要性のない土地利用のあり方が伝統的なんですよね。

一方で、アジアで行われている水田は歴史的に何千年と持続性があるので、アジア人からすると水田の方が持続的だという話になりますが、現在のRO認証では今の枠組みでは水田システムを扱いにくいということが課題です。水田においては、耕して人が管理できるように十分に手を入れてきた背景がありますが、欧米のように動物を使って広い農地を管理するという文化とは異なります。今まさに日本においても私たちのチームも直面をしているところで、そこを打破できるように歩みを進めているところです。

パタゴニア プロビジョンズ 木村純平氏 

 

- OVC 関連した質問ですが、RO認証はUSDAオーガニックをはじめとした既存の認証制度を活用して、「土壌の健康」「動物福祉」「社会的公平性」の3つを柱に評価をしていますが、「動物福祉」には倫理以外でどのような意味がありますか?

- 木村 地球上の陸地の面積は約29%で、残りの約71%が海です。その陸地面積29%のうちの約3割が農用地として使われています。農地とは、いわゆる作物を育てる場所と、あとは放牧地や牧草を育てる畜産用に分けて考えることができます。その割合としては家畜を養うために使われている農地の方が耕作地よりも多いです。

これだけの土地を利用する畜産を、どのように取り組むかが極めて重要になっているということが大前提で、その上で、動物福祉を満たすことが結果的にその広大な畜産用の農地の土壌に良い影響を与えることができます。例えば牛においては草を食べるので、自然生態系としての動物と自然の土の関わりがあるので放牧をしましょうとか、豚や鶏も畜舎の中に閉じ込めておくのではなく外に出して、自由に本来できる活動を行えるように動物福祉としてきちんとグローバル水準のものを定義づけています。

特に大陸型の地域は放牧地や、いわゆる畜産のためだけに使われている地域が結構多くあって、人間が作物を作るよりも、土中に有機物が溜まりやすい関係です。耕す畑より草原の方が生態系として豊かで、草原のような状態を維持して、動物たちによって、動物と植物と土壌の関係性において管理していくと非常に豊かになります。

結局のところ、作物でそういうことをやるよりも、炭素隔離のポテンシャルとしては放牧の方が面積が広く、より土中に炭素がたまりやすい。そのため、決して無視することができないし、むしろそちらの方が主要な解決策になりうると考えられています。

ROの認証の中でも輪換放牧をすることが要件として設定されています。動物たちを草があるところに密集させて飼って、場所をローテーションさせていきます。草食動物が草を食むと、植物は根っこをもっと伸ばして成長させる刺激が生まれます。土壌と植物の相互反応の中で土が豊かになっていくので、牛のような草食動物が糞をしてくれることがまた重要な要素になります。

Photo : (C)2024Patagonia, Inc.
 
- OVC 日本において、RO認証を導入することでどのような変化が生まれるでしょうか?

- 木村 そうですね、事例としてわかりやすい日本の話をしますと、例えば有機JASという公認の認証制度を利用する生産者がそもそも少ないのが現状です。認証を取得することの必要性の有無は個々の経営的判断になりますが、同時に有機認証よりも上の認証がないことも課題のひとつだと思います。

有機農業というものがこれまでの時代の中においては最高の完成型だった。それより先はなく完結してるので、通過点として有機JASの取得や、ある程度自分で無農薬や無化学肥料の農法を実践できているのであれば、それ以上を目指す必要はなかったかもしれません。

パタゴニアでは「北極星」と言いますが、今までは北極星のようなものがなかった中で、RO認証が北極星のようにさらに高い、ちみしるべになり得るでしょう。RO認証のようにさらに高いレベルを提示し目指すことで、 地球も良くなるし、コミュニティも良くなるし、自分の農地や経営も良くなっていくし、将来性もあるということを実感し、RO認証を取るための通過点として有機JASも取るという流れも有り得ると思います。  

〈パタゴニア プロビジョンズ〉インタビュー - 後編

 

パタゴニア プロビジョンズ
アウトドアウェアを製造・販売するパタゴニアが手がける食のコレクション。地球を修復するための解決策を探り、責任ある方法で作られたクラフトビールや自然酒、食品を提供しています。
https://www.patagoniaprovisions.jp/